下劣探偵ネムロ様

アンモラルなショート・ショートシリーズWeb初出SS 小説/由美ユメコ

父があんな死に方をして、幸せだったはずの日常が突如灰色へと変わった高校生、ヤミ子。つまり私だ。現実とはとても思えないまま葬式に参列していた私は、さらに現実とはとても思えない奇怪なモノに出会う羽目になった。それがネムロ様との出会いである。

ゆうに190cmはあるかと思われる長身、某人気歌手を彷彿とさせる甘いマスクの男性。しかし、彼は人間ではなく、魔界の住人だった。

「ヤミ子よ、お前の父親が誰に殺されたのか、知りたくはないか?俺は食事を求めて腹を空かしている。人の欲、という感情を喰いに、俺は魔界からやってきたのだ。魔界中のものは喰い尽くしてしまったからな。そのためには、探偵役がほしい。俺の元で『探偵役』を引き受けるならば、その犯人を教えてやってもよいぞ」

ネムロ様は大変バイオレンスな方だったため、断っても首を締め上げられることが分かって結果了承した。私はネムロ様に言われるがままに「私立探偵」として父親の事件の捜査に関わることになったのである。
ネムロ様は反則技に近い魔界の千道具などを駆使することによって、それはそれは鮮やかな名推理を披露していった―ただし、私の口を使って。しかし、それによって分かったのは想像以上に残念な父の姿だった。家族は誰も知らなかったことだが、実は父は生前、露出狂の気があり、たびたび深夜に家を抜け出してコート一枚の下は全裸という格好で街を徘徊し、通行人に襲い掛かっていたというのである。

そして犯人はその事実を知ってしまい、口論になった母であった。ただし、実はかくいう母もホスト通いとそのホストとの浮気を咎められており、その件で激昂したというのが直接の殺害動機だったようだが。私は知りたくもなかった事実をネムロ様に暴き立てられ、内心ショックでどうにかなりそうだったものの、真相を教えてくれたことに感謝しなければならない気持ちとで揺れていた。そんな私の気持ちを知るよしもなく、ネムロ様は事実を告白した母から出た「下劣な考え」を喰い終わると、満足げにこう宣言した。

「ヤミ子よ、次は探偵所を建てるのだ。そして日本全国、そして世界レベルでの知名度を獲得し、俺にもっと世界中の濃い『下劣な考え』を喰わせるのだ」

私は生命を脅かされていることも相まって、言われるがままに探偵所を設立した。表向きは「どんな依頼でも解決する」だったが、その実、そのホームページは「下劣な考え」が強ければ強い持ち主ほど反応してしまい、探偵所に依頼してしまうという仕掛けが施されていた。

モラルのかけらもない野郎や、完全に変態趣味が行き過ぎた人、人間性に問題のある人などが次々と探偵所を訪れ、ネムロ様の腹を肥やす日々。初めは嫌悪していたそういう人種も、不思議なことに数をこなしていくことで私は一種の正義感に満たされるようになった。それは、悩みや問題を抱える人の「下劣な考え」を取り除くことで、彼らに平安を与え、ひいては社会全体の平和に貢献するのだと。

ヤミ子探偵所はいつからか国からその功績を認められ、表彰されるまでに至った。私はそれを気に探偵所を急いで畳んだ。

それは、注目を浴びすぎて困るとか、そういうレベルの話ではなかった。今まで他人の事務所を乗っ取ったりなど、非道なことをしていたため見逃されていたのだが、とんでもない額の税金を脱税していたのである。そしてそれが今になって税務署に目を付けられたのである。私は自分の社会的立場が危機にさらされているとしってネムロ様に助けを懇願したが、事態がやばくなったとみた彼は既に魔界に帰ってしまっていた。

高校を卒業してからずっと無職だったし、今更この膨大な未納額をたった一人で払えるはずがない。私は朝も夜も肉体労働に従事しながら、悪態をついた。無垢な女子高校生を非道な道に引っ張り込んで、無償労働させた上、自分が喰うだけ喰って帰ってったネムロ様。あんたね、どこぞやのヒモ男と全く一緒だよ。

「結局、一番『下劣な考え』を持ってたのって、ネムロ様、あんたじゃないですか・・・」

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