時空を巡る恋人とその恋人

既刊『アンモラルなショート・ショート2』より 小説/由美ユメコ

 それはとある陰鬱な、今にも泣き出しそうな曇り空の日のことっだった。私は庭先でぼんやりと空を眺めていた。このロンドンの郊外にある小さな町では、とくにこれといった楽しみも刺激もない。 だからといってロンドンに出て行けるほどの甲斐性もなく、こうして地元で燻っていた。それが私、16歳のアリッサ・コネリーの日常だ。そう、その日までは。

 私は庭先に、突然何かが墜落してきたのを見て、はっと息を呑んだ。大きさから推測して、ヘリコプターが墜落したのかしら、そう思って煙がもうもうと立つその場所へと近づいていった。そこには「メトロポリスボックス」なんてヘンテコな文字が書かれたドアがついた箱があって、その中から刹那人の顔が飛び出した。それは、20代に見える男性の顔だった。彼は私ににっこりと微笑むと、こう言った。

「やぁアリッサ、僕だよ、君の恋人のリアムだよ」

 私には恋人なんていないし、リアムなんていう人も知らない。目をぱちくりさせていると、彼がこう付け加えた。

「と言っても、未来の―10年後の未来から、君に会うためにやって来たんだ」

 彼を家に招き入れて詳しい話を聞くと、その話は段々本当のことに思えてきた。彼は私の10年後、つまり、26歳の時の恋人になっている人で、将来の婚約者らしい。彼に未来の私はどうしているか、と聞くと、返事はせずに微笑んだだけだった。私は実のところ、その時の私というのはもう死んでいて、だから彼が未来を変えたくて過去の私に会いに来たんじゃないか、と勝手に推測していた。だが彼は過去に来たからといって、とくに警告を発するわけでもなく、何かをする訳でもなく、二人でただ一緒に時を過ごすだけの日々が続いていった。その間、私は人生で、本当に楽しいと思えた初めての瞬間だった。できればこのままずっと時が続いて欲しいとすら思った。彼は、未来の人間で、私とは違う時間軸に生きている人だって知っていたのに。

 そんな幸せが終わるのも、一瞬だった。それから1年ほど経ったある日、彼は唐突に未来に戻ると言い出した。私はこの一年というものの、彼と過ごす時間を優先しすぎて、今更彼なしで生きることなんてできなかった。彼に出会うまでの何年かを、今までのようにロンドンの片隅で、独りで生きていくなんて無理だ。でも彼は約束通り去って行った。私にはまた空虚な日常が戻った。

 それから9年が経って、私は26歳になっていた。高校を卒業して街中に出稼ぎに出てきた私は、この大都会の片隅であくせく働きながら生きていた。私には恋人なんていなかった。ただ、リアムという知り合いは確かにいた。ただし、その人は私との接点は言う程なく、私の友人のさらに友人の恋人だった。私は16歳当時だった自分を思い出して、なぜあんなことがあったのか自体不思議、というより腹ただしく思っていた。その二人がついに婚約した、という話を聞いていてもたってもいられなくなった私は、リアムの元へ向かった。

「あなたは10年前、私の元にやってきて、将来の恋人だって言ったわね。あれはなんだったの?私はあなたのことが本当に好きだったのに」

 リアムは困ったような、それでいて焦っているような表情を浮かべると、二人だけで話そうといった。
そこで分かったのはどうしようもない事実だった。未来の、つまり現在ここにいるリアムは私と恋人関係にあり、婚約まで決まっている現状が嫌で、その過去を変えるために16歳当時の私にタイムマシンで会いに行ったというのである。私はその頃を思い出すと、はっと気づかされることが多々あった。彼と過ごしていた一年の間、私は自然な形で友人が減り、知り合いとの付き合いもどんどん極少となっていった。そしてそれがもとで、22歳の時、リアムと出会うはずだった要因―それは、同じく都会に出てきた地元の男友だちのローナンの紹介だった―を、人付き合いを極端に悪くすることで可能性を無くしていたのである。

「つまり、僕はやり直したかったんだよ。彼女選びに失敗して、このまま人生狂わされるなんてたまったもんじゃないね、と思って。なんていうか、君と付き合った4年間は悪夢だったよ。君はまさにメンヘラそのものだし。16歳当時の君はわりとマシだったけど、将来はあれかと思うとぞっとしたね。だから悪いけど、僕のことは忘れてくれ」

 あれから数ヵ月後。アリッサは27歳になっていた。そして、普通の人ではありえないと思うだろうが、12年前にトリップしていた。ノスタルジックなロンドンの風景にウキウキとしながら街を歩いていた私は、一人の少年が私の前を通り過ぎるのを見た。その少年に駆け寄り、笑顔を向ける。

「・・・お姉さん、いったい何の用?」

 怪訝な顔を向けた彼に、私はこうゆっくりと言った。

「こんにちはリアム、私よ、アリッサ。あなたの恋人よ。―と言っても、15歳のあなたに会うために12年後の未来からやって来たの」

 ・・・あなたを取り戻すために、ね。



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